原田知世 恋愛小説

Produced by 伊藤ゴロー
あの物語の中で逢いましょう。短編小説の主人公を演じるように歌う、
ラヴ・ソング・カヴァー・アルバム。
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- I’ve Just Seen a Face
- Don’t Know Why feat. Jesse Harris
- In My Secret Life
- Baby I’m a Fool
- Night and Day
- Blue Moon
- If You Went Away
- Fly Me to the Moon
- The Look of Love
- Love Me Tender
UCCJ-2120
STEREO
〈JAZZ/POP〉
定価:¥3,000(税抜価格)+税試聴・購入
原田知世コンサート2015「恋愛小説」
- 5月30日(土) 富山・南砺市円形劇場ヘリオス
nantohelios.jp - 6月3日(水) 名古屋ブルーノート
www.nagoya-bluenote.com - 6月4日(木) ビルボードライブ大阪
www.billboard-live.com - 6月6日(土) EXシアター六本木
HOT STUFF PROMOTION www.red-hot.ne.jp - 詳しくはこちら
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原田知世と伊藤ゴロー(本作プロデューサー)に訊く
『恋愛小説』の味わい
新作『恋愛小説』を語るには、まず2014年5月にリリースされた前作『noon moon』に遡る必要がある。というのもアルバム完成後、プロデューサーである伊藤ゴローを始め、レコーディング・メンバーとともにコンサート・ツアー(全国11都市)を経験したことが発端になっているからだ。振り返って原田は言う。
原田「とても良いかたちで音楽活動ができていると実感していました。ツアーが終わっても、このメンバーでまた何か制作をしたいと、ゴローさんとも話していました。そんなとき、ユニバーサルミュージックのディレクターである斉藤さんから今回のアイデアを提案していただいたんです」
それは、ラヴ・ソングのカヴァーで埋め尽くされたアルバムであり、プロデュースは引き続き伊藤ゴローが担う。さらに、参加ミュージシャンも前作をベースにするというもの。もちろん、それが本作のことである。
さて、改めて彼女のプロフィールを綴る必要はないだろう。映画やドラマ、舞台などで活躍する女優であり、これまで20枚以上のアルバムをリリースして来たミュージシャンでもある。その双方を長年にわたって本気で挑戦しているアーティストは、ちょっと他には見当たらないだろう。
原田「これまで女優と歌手の両方に取り組んできました。今回のお話をいただいたとき、その両面を見せることができたら、と思ったんです」
つまり、ラヴ・ソングをカヴァーするということは、既存の楽曲に自分をなぞらえるという女優的行為と、歌って表現するというヴォーカリストとしての個性との調和を意味する。
「カヴァーはこれまでとは全く違うアプローチなので楽しんでできれば」。原田がそう決意したのは2014年の初夏のこと。また、前述のように『noon moon』の制作、およびそのツアーで気持ちが乗っている頃であったことも、前作からわずか8ヵ月というスピードで届けられた理由のひとつだ。
ちなみに、原田と伊藤のコラボレーションが最初に実現したのは、伊藤のソロ・プロジェクトMOOSE HILLの『desert house』(2006年)でのこと。アルバム中の2曲でヴォーカルを務めて以来という旧知の間柄である。以降、原田の『music & me』(2007年)、『eyja』(2009年)、『noon moon』は伊藤がプロデューサーとして関わっている。また、2011年からは原田の歌と朗読、伊藤のクラシック・ギターという2人きりで行うプロジェクト「on-doc.(オンドク)」もコンスタントに催されている。そんな強固なパートナーシップであるがゆえ、今回の選曲は、きっと2人で膝づめで行ったに違いない、と踏んでいたのだが...。
原田「選曲も含めて斉藤さんからプレゼンしていただいたんです。たくさんの楽曲を紹介してくださって。そこからゴローさんと選曲してゆきました。提案してくださったものが面白いと思ったら、そこに身を投げ出してみて体験してみようという、気持ち的にも余裕がでてきたからだと思います。自分だけで考えると限りがあって、見えてないものがたくさんあるんです。他の方が提案してくださることにより、気づかなかったことが見つかったら面白いなって」
こうして選ばれた『恋愛小説』の10曲。取り上げられているのはザ・ビートルズ「夢の人」、ノラ・ジョーンズ「ドント・ノー・ホワイ」、マルコス・ヴァーリ「イフ・ユー・ウェント・アウェイ」など、さらに最終曲はエルヴィス・プレスリーの「ラヴ・ミー・テンダー」という作られた年代も国も異なる楽曲たちである。もちろん、原田のヴォーカルを中心に据えているが、取り巻くサウンドはヴァラエティに富んでいる。
伊藤「様々なタイプの楽曲なので、アレンジは試行錯誤しました。ただ、統一感を持たせようとは思いませんでした。これまでのアルバムは、曲を生み出して育ててゆくというイメージ。でも、今回は既にこの世に誕生している子供たちをいかに手なずけ、その曲を楽しんで聴いてもらえるようにすることに徹しました」
原田「提案や選曲をしてくださった斉藤さんが脚本家で、ゴローさんが監督。私は演じ手として参加しているという意識でした。歌は映画のように作品の一部だと思っています。ですから、女優的なアプローチで楽しもうと思いました。それにレコーディング・メンバーたちも演じ手で、みんなでひとつの物語を紡いでゆくような感覚でしたね」。
伊藤「それぞれの役割をしっかり決めて、ひとつの作品をチームで作り上げてゆく、そんな楽しさがありました」。
これまでのアルバムでは原田の作詞、伊藤の作編曲でオリジナル楽曲を数多く送りだしてきた。そこには「生み出す」ことの苦しみや楽しみが同居しているはずだ。だが、今回は既にある材料を、いかにして面白く「調理する」かに軸足が置かれている。
そんなリラックスした雰囲気で進行したレコーディングだが、苦心した点もあるそうで。
原田「全曲が英語であることです。正しく発音がされているかどうか、厳しくチェックを入れていただきました。でも、日本語では出せないニュアンスが英語では出せるので、やりがいがありました」
実は、原田はこの楽曲たちを歌うにあたって大いに参考にしたものがある。それはYouTube。
原田「各曲の本当に様々なヴァージョンを聴いてみました。プロ、アマ問わず(笑)。いろんな表現の仕方があるんだな、と改めて思いましたね。とても勉強になりました」
「イフ・ユー・ウェント・アウェイ」はこれまで歌ったことのないタイプの楽曲だというが
原田「女優という観点ではこの曲が一番、演じることができました」
そして、以前から大好きだったという「ドント・ノー・ホワイ」は原田「あまりにもノラ・ジョーンズの歌い方に支配されていたので、そこから離れてゆくのがひじょうに難しかったんです。何度歌っても、自分がどのように表現すればよいのか、始めはわからなかった。素晴らしいアレンジはでき上がっているのに、納得いかないと感じていました。一応、歌を全て一人で録音したんですが、それでも何か足りないって...。だけど、最後の最後、ミックスダウンもすべて終わり間もなくマスタリングという時に、ゴローさんがこの曲をデュエットすれば良かったね、と言い出したんですよ」。
そこで、伊藤は別プロジェクトで連絡を取り合っていた、「ドント・ノー・ホワイ」の作者ジェジー・ハリスにデュエットしてもらうことを打診。実はこのアルバムの企画の最初の段階では、男性歌手とデュエットするような曲があったらいいね、と伊藤と話していたそうだ。伊藤はニューヨークに住むジェジーへ、ほぼ完成したデータを送信。それを元にしてジェシーが歌い、そのデータをミックスするという手法を考えた。
伊藤「お願いしたら本当にすぐに送ってきてくれたんですよ。まさにミラクルが起こったんです」。
伊藤の編曲は、ホーン・セクションを配し、アル・グリーンのハイ・レコード時代を彷彿させる。こうしたサウンドを伊藤は以前からいつか挑戦してみたいと考えていたのだとか。ここで原田とジェシーの歌声を介し、その夢が具現化したわけだ。
伊藤「寂しい内容の歌を、ガツンとしたサウンドで聴かせるという僕の理想に近づけたと思っています」。
また、原田とはバンド、pupaの仲間でもある堀江博久が奏でるハモンド・オルガンも聴きどころのひとつだ。
このアルバムの完成後、原田、伊藤とも、これまでとは違う体験をしているという。
原田「でき上がってから、このアルバムを何度も何度も聴いているんです。今まではそんなことはなかったんですが」
原田のヴォーカルのニュアンス、伊藤のアレンジによる弦楽器やピアノ、ドラムスなどの微細なフレーズや音色の抑揚が随所に感じられる。音場が広く、暖かなサウンドも特徴的だ。本人たちのみならず、僕たちリスナーにも繰り返し聴かせてしまう味わいがある。まさに、ことあるごとに手に取ってしまう恋愛小説のようではないか。
音楽/オーディオ評論家 中林直樹